■ 裁くの花嫁 ■  02


 砂漠の民には、裁きの民と呼ばれる一族がいる。
 問題が起こると召集され、その場で裁きを下す。
 冷酷な一族。
 その一族は他部族に顔を見られてはならない。他部族に嫁や婿、養子を出してはならない決まりだった。代わりに他民族からの嫁を受け入れ継続してきた。重ねられる混血により、子どもたちはエキゾチックな魅惑的な容姿が多く、独特の雰囲気を纏った。

「・・・!」
「えっ?」
 その婚礼衣装に身を包んだ花嫁は・・・少年だった。
「・・・見たな」
「わっ!?」
 乱暴に振り回された杖を危うく避ける。
「お前、我が一族の掟は知っているか? 我が一族は、他部族に顔を見せてはならない。無駄な口を利いてはならない。
 それに、花嫁の素顔を見ていいのは・・・夫だけだと決まっている・・・!!」
「は、花嫁って、君は男じゃないのかっ!?」
「・・・男だろうが女だろうが、婚礼衣装に身を包んだ者の顔を覗き見るなど、言語道断! 今、ここで死ね!!」
 力任せな攻撃をぎりぎりのところでかわし、シェイルは後ろに仰け反った。
「ちょっ・・・! わわっ!! 物騒だな、君・・・!」
「お前のせいで計画が崩れる。口封じだっ!!」
 正体のばれた花嫁は、遠慮など微塵もなく、絶対的な決意で”口封じ”を実行しようと迫ってくる。
「ちょ! 乱暴すぎるぞ、ちょっと・・・!!」
「避けるな! 男なら責任を取れ!!」
「それ、意味が違う・・・っ!?」
「いいから、黙って死ね!!」
「そういうわけには行かないッ!!」
 シャイルは杖を避け地面に転がった。乾燥した砂で埃っぽい。
「・・・今決めた。私はお前を必ず殺す。例え一言でもこのことを喋ってみろ。すぐにでも毒矢を放ってやる・・・!」
「・・・! な、なにも言わないし、誰にも言わない。約束する」
「口約束など信じられるものか。用が済んだら、必ず命を貰いに行く」
「待ってくれ! 私は君をきちんと婚礼先に届けなければならないんだ。これ以上の失態はしない」
「・・・信用できない。お前は花嫁が偽者だと気づいた。では、次はどうする? 何故花嫁が偽者かを考え、自分や部族に不利な情報であると判断したら、すぐに裏切るだろう」
「・・・いや、そんなことはしない。私は雇われ者だ。身内はいない」
「・・・」
「考えてみてくれ。こんな危険な付き添いに金で雇ったやつを使うなんて、部族もなにか感づいているんだろう」
「そうだな。不穏な空気はどこからでも感じられる」
「・・・君も、部族の掟に縛られているから、こんなことをするのだろう?」
「部族の掟は誇りだ。不満はない」
「そうか・・・」
「まあ、いい。とりあえずは妥協してやる。なにか不都合があったらお前の命はすぐに取るぞ。慎重に行動しろ」
「ああ、わかったよ。とりあえずでも首が繋がってよかった。私は礼金以上のことはなにもしない。何も見てないし、聞いてないし、知らない。そういうことだ」
「それでいい」
「こんな過酷な定めの君に同情するよ」
「無駄口を叩くな! 我が掟を侮辱した罪は高くつくぞ・・・」
「いや、違う! 君がまだあまりにも年若く見えるからさ」
「・・・私は優秀だから早々に戦力として活動が許されたのだ」
「その優秀さが不敏だと私のような逸れ者は勝手に思ってしまうだけだ。気にしなくていい」
「ふん」
「君のことも、部族のことも何も知らないよ。知らないけれど、この辺りは最近物騒なことばかり続く。また人の血が流れるのかと思うとやるせないだけだよ」
「甘い奴め」
「そうだな。だから一人でぶらぶらしてる」
「誇りがないのか。誇りを失った時点で死ぬべきだろう」
「そこまで縛られなかったし、死ぬのは怖い」
「・・・」
「私は臆病者なんだ。だから・・・誰の邪魔もしないよ。できないよ」
「・・・」
 花嫁は衣類を整えて、また静やかに駱駝に座りなおした。
 もう無言で無垢な花嫁に変わっている。
「・・・見事なものだな」
 冷たい視線だけ突き刺さって、もう彼は何も言わなかった。
 シェイルはこの花嫁を日が昇りきる前までに婚礼先へと送り届けなければならない。いろんな不可解が垣間見えても、好奇心猫を殺すと肝に銘じて、仕事に専念することにした。

 その後、花嫁が刺客だとバレ、案内人もグルだと疑われ追われることに。
 暗殺に失敗した少年と、成り行きで追われることなった青年は、とりあえず追っ手を撒くまではと手を組み、逃げ出す。
 そして、小さなオアシスのようなところで休憩。


「・・・はぁ、はぁ、ついてないな・・・」
「・・・くそっ! こんなに早くバレるなんて、どこかに間諜が居たに違いない!!」
「はは、落ち着けよ。二人とも無事に生き延びたことだし」
「落ち着けるわけがないだろう! 計画が失敗したんだぞ!? 私はおめおめ里に帰るわけにも行かず、奴を生かしたまま、生きながらえてしまった・・・。もはや、生きている意味がない」
 そう言うと、少年は隠し持っていた短剣を胸元に掲げた。突き刺す姿勢だ。
「わわわ! ちょっと! やめろよ、危ない!!」
「離せ!! けじめだ!!」
「離せるわけがないだろっ!? 離したら、君、死ぬつもりかっ!?」
「恥をかいたまま生きてどうする!? これ以上、恥を塗り重ねるのはごめんだ!!」
「恥なんかじゃないっ!! こ、幸運だよ!!」
「・・・幸運?」
「そう。幸運だ。考えてみなよ、暗殺なんて物騒な仕事には失敗したけど、これで君は暗殺者なんて肩書きにならずに済んだ。おまけに五体満足で逃げ出せて生きている。名を捨て新しい人生を生きるのもいいんじゃないか?」
「・・・話にならない。お前の言うことは信憑性がない。信じられない。誇りを失ってまで、命に執着するなど見苦しいだけだ」
「・・・君の部族は随分と誇り高く育てられてるんだなぁ」
「侮辱するかっ!?」
 今度は短剣をシェイルに向けて、威嚇する。
「ああ、違うって! ただ・・・君のように若く純粋な子がそう頑なに思っているっていうことは、そういう集落なんだろうなと思って」
「・・・誇りを大事にして何が悪い」
「悪くはないよ。ただ・・・少し、勿体ないなと思って。
 そうだ。俺、偶然だけど、一度君の命を救っただろう? だからそのお礼と思って、もう少し死ぬのは先延ばしにしてみないかな」
「・・・なぜ」
「俺が君の死ぬところを見るのが嫌だからね」
「それならば、お前の居ないところで遂げる」
「ああ、違うよ。君が死ぬとわかって別れるのは辛い。やるせないんだ。もう少し生きてみて、集落以外の世界を知って、・・・楽しんだり、美味しいものを食べたりしてからでも遅くはないよ」
「・・・いまいち納得できない」
「じゃあ、君は恩を返さずに自分の都合で死ぬっていうのかい? どうせ死ぬならせめて命の恩人にお礼してからでもいいじゃないか。美徳だろう」
「・・・考えるのが嫌になった。お前は言葉で煙に巻くタイプだ」
「そうさ。少し旅をしただけでこれぐらい図太くなれるんだ。君も新しい自分に出会えるよ」
「・・・自決は保留してやる」
「それはなんともありがたい話だね。じゃあ、手始めにまず、髪でも切ろうか」
「なぜ?」
「君の髪は花嫁用に手入れされたんだろう。とても綺麗だ。男でそんなに綺麗な髪は、身分の高いものか、金持ちぐらいしか維持できない。旅人は皆短くするか、小汚い長髪になる」
「・・・そうか。わかった」
「どれ、俺が切ってやろう」
「・・・任せよう」
 シェイルは無造作にナイフで髪を削ぐ。
「そういえば、君の名前を聞いてなかった。なんという?」
「・・・アシヤだ」
「アシヤか。俺はシェイルだ。しばらくの間、よろしくな」
「ああ」
「ふふ。君は年の割りに態度が尊大だな。そこも少し直したほうがいい。その言葉遣いじゃ誰彼構わず喧嘩を売っているようにしか見えない」
「なんだとっ!?」
「・・・うん? やっぱり綺麗な顔をしている」
「ッ!! 離せ・・・!!」
「ごめんごめん。これなら女に成りすまして逃げるのも有りだな」
「・・・女装はもう嫌だ」
「ははっ! 本当は花嫁役、嫌だったんだ・・・!」
「・・・当たり前だ」
 憮然とした顔で黙る。
「さあ、ほら、終わったよ」
「・・・ふん」
「随分すっきりしたな。これで年相応に見える」
「・・・」
 すっきりとした項を手で確かめるアシヤ。落ちつかないようだ。
「そうだなぁ、慣れるまでは大変だろうけど・・・よし。今から君と俺の関係は、家族だ」
「家族ぅ?」
 不満そうな声をあげるアシヤ。
「ああ。兄弟だ」
「・・・お前が兄か」
「そうだが・・・その態度だと、まずいな。う〜ん・・・まあ、年恰好からいってこれが最適だろう」
「・・・」
「不満か?」
「ああ、不満だな」
「だったら何か良い案はあるか?」
「・・・ない」
「君は案外あっさりしている。物分りが良くていいことだ」
「褒められた気がしない」
「こんなに褒めているのに。君は随分優秀な子だったんだろうね」
「当たり前だ。そうであるべきだし、そうあるよう努力を怠らなかった」
「偉い偉い」
「・・・不必要な子ども扱いはやめろ」
「ただ、残念ながら言葉遣いが悪いな」
「・・・」
 ぶすっと黙ってしまう。きっと言われたことがあるのだろう。
「でも、年相応にそうしていたほうがずっといい」
「・・・ふん」
 ぷい、と横を向いて不満を露にする。幼稚だが、年相応だ。安心して見れる。
「さあ、もう少し遠くへ行こう。追っ手に見つかるとまずいしね」
「そうだな」
「君の部族はしつこく追いかけてきそうだしねぇ」
「・・・確かに、地の果てまで追うかもしれない」
「じゃあ、さっさと逃げるに限る。体調は? 大丈夫? どこか怪我したりは?」
「問題ない」
 過酷な環境を生き、訓練してきたのだ。それぐらいでへこたれない。
 当然そうな顔で答えるアシヤにシェイルは苦笑する。
「よし。じゃあさっそく行こう。この先、東南の方に大き目の町がある。そこで物資を調達して、海でも渡ってみるか」
「う、海・・・!?」
 ぎょっとして目を見開くアシヤ。
「地の果てまで着いてこられるのは堪らない。未知の世界へ逃げれば、それだけ安心だよ」
「・・・確かに、そうだが・・・」
「知らない地は怖い?」
「誰だってそうだろう。この地以外など・・・想像も、つかない」
「どこか何か違う人たちが暮らしているんだよ。肌の色が違ったり、髪や目の色も。言葉だって違う。だからこそ、面白い」
「お前、随分余裕だな」
「旅慣れはそこそこしている。しばらくは安心していい」
「しばらく?」
「ああ。路銀が尽きるまではね!」
「ちょっと待て! どういう意味だ!?」
「路銀が尽きたところから、旅は旅らしくなる。勝負の見せ所だ」
「・・・本当に、大丈夫だろうな?」
「どうせ死ぬ気だったんだろう? なにを今さら不安がっているんだ。大人しく付いて来い。弟よ」
「兄・・・なんと呼べばいいんだ」
「なんとでも。兄でもいいし、名前でもいい」
「・・・では、シェイル」
「可愛げのない弟だな。アシヤ」
「荷物はまとめたぞ」
「じゃあ船着場を目指し、東南の港町に行こう!」
「わかった!」




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