◇◇ 白の少年王 ◇◇ 01
その王は、堂々とした姿勢で大きな玉座に埋もれていた。
細い手足がやけに目立つ。大きなアメジストの瞳からは、英知を讃えた眼差しが覗いていた。さらさらと顔を縁取る細い金糸の髪。少し長めのそれの中に綺麗に治まる白い顔。色素が抜けたように白い印象が強い。…まだ年若い、少年王。
少女のような優しげな風貌で、どんな過酷な命令を吐くのか。
兵士は跪いたまま、胸の動悸を抑えながら待つ。
「顔を上げよ」
透き通るような、硬質の声。
「北方を荒らしているという竜がいる。お前たちには、それを退治してきてもらう」
目を細めて、品定めするように反応を待つ。
「…はっ」
凶暴な北方の竜退治は命がけの任務だ。
兵士たちは恐怖と興奮に慄く体を理性で押さえ込めて、従順に頷いた。
王は物憂げな表情を浮かべ、遠くへと思いを馳せてた。
* * *
平和な常春の国、アイーシャン。
人々の身なりはよく、平民たちも豊かな生活をしていることが伺える。
気まぐれな旅人が花に止まる蝶にように、ふと訪れては通り去っていく、穏やかな町だ。
そんな平和な昼下がりに、突如として喧騒が響き渡る。
「このっ!」
「なにをするっ!?」
「ええい、抵抗するな! 怪しいやつめ!!」
「いやっ私はっ!?」
「この不審者がーっ! ひっとらえよ!!」
「ま、まて! 怪しくなんかっ・・・!! 話せばわかる! 話せば・・・!!」
穏やかな町にふさわしくない、異常事態である。
昼食を取っていた村人たちが、がやがやと野次馬に集まってくる。すると、そこには黒尽くめの見るからに怪しい男が、数人の兵士たちに囲まれ、揉みくちゃにされているところだった。
細身の体力のなさそうな男は早々に取り押さえられた。
この常春の国で長袖の黒いローブをまとい、髪も目もこの辺りでは見かけない黒髪黒目、しかも長髪という怪しさ大爆発な男は、妙に色白で、不健康で不健全なオーラを放っていた。一目見て異端だとわかる有様。白く整った容貌は、まるで亡霊のようで、男の存在をさらに不審に見せていた。・・・口を開くまでは、だが。
「ふー! ようやく大人しくなったか。この不審者め!」
「はぁ・・・はぁ・・・」
男は息切れのあまり返事ができない。
「さあ、こいつをイルティザーク様の元へ連れて行こう!」
「おう!」
「ほら、さっさと立て!」
「ひぃ・・・ひぃ・・・」
男の息切れは止まらない。
「歩け!」
「ぜぃ・・・ぜぃ・・・」
痩身の男は兵士たちに引っ張られるままに、どこぞへ連行されていった。
「なんだがー? なにがあったんだべ?」
「さあー? なんでも怪しい黒い男がいたとか」
「怪しい?」
「呪いでもしてそうな、不気味な男だったがよー」
「あんれまー! 怖いのぅ! この平和な町にそんな男が・・・!」
「旅人だべー。この常春の国に流れ着いて、頭の中まで常春になったんだべー!」
「ぐわっはっはっは! そうだ、そうに違いねぇー!!」
村人たちはひとしきり馬鹿笑いをすると、すぐに平常運転に戻っていった。
一方その頃、領主の城では・・・。
年の頃は14、5の少年が金髪を振り乱して剣の稽古をしている。
小柄ながら鮮やかな動きで、力自慢の師の剣をするりとかわす姿は、優雅な舞そのものだ。
「王ー!」
「王様ー!!」
「イルティザーク様〜!!」
遠くから兵士たちの声がする。
「ん・・・?」
イルティザークは師に合図をすると、二人は剣を下ろした。
「なんだろう。僕を探しているな」
「そうですね。何かあったのか・・・」
お騒がせ兵士三人組は、平和なアイーシャンらしい平和ボケで、いつも大したことがなくても大騒ぎをする。・・・仕事熱心なのは非常に喜ばしいことだが、それは見事にお騒がせレベル止まりだった。
「・・・いや! これは国の一大事!!」
イルティザークはかっと目を見開くと、必死な形相を作り、訓練用の剣をさっと放り出し、全力で稽古場から走り去った。
「あっこのお待ち下さい! 王! 王ー!!」
ごく自然を装って剣の稽古を逃げ出したイルティザークを師のジャーノは憤怒の表情で追いかける。
「このっ・・・! 待てやコラァァァァア!!」
尊き身分相手ということを忘れ去った怒り狂ったジャーノの雄叫びは野獣そのものだった。
しかし、イルティザークはこういう時に限って非常に身軽だったのだ・・・。
「おーい! 僕はここだ!」
「あっ! 王ー!」
「王様!!」
「・・・ちょっ! ・・・引っ張らないいでッ・・・無理やり・・・痛い!!」
「イルティザーク様〜!!」
後方を振り返ってジャーノを巻けたことを確認すると、イルティザークは背を低くし、木陰に潜んだ。
「なんだ?」
兵士たちは無邪気な飼い犬のように寄ってくる。人懐っこい笑顔を浮かべ、まさに純朴な田舎の兵士そのものだ。・・・おや、今日は一人多い。兵士たちの間に黒尽くめの人間が一人挟まれている。
「どうした?」
嫌いな剣の稽古を少しでもさぼりたいイルティザークは歓迎の笑顔だ。
「はい! それがですね・・・!!」
敬礼した兵士が口を開くと、完全に脱力しきって兵士に両脇で抱えられた男が勢いよく顔を上げた。
「おお!? あなたはここのご子息かっ!? この者たちの誤解を解いてくれっ!! 突然ひっとらえるなどと・・・!!」
「イルティザーク様!! 不審者を発見したので確保して参りました!!」
「職務質問(?)をしたところ、取り乱して逃げようとしたので、このように!」
「抵抗が激しく多少実力行使しましたが、怪我などは一切負わせておりません!!」
胸を張って報告する兵士三人と、荒く呼吸を乱す男一人。
イルティザークは両者をじっくりと見比べるとニ、三度頷いた。
「うんうん。そうか。それはご苦労だったな。しかし、お前たちいけないぞ。ちょっと怪しいぐらいで乱闘などしては。母上にばれたら、おしおきされてしまうぞ?」
はっはっは、と快活に笑うイルティザーク。
熱心な田舎のほのぼの兵士たちは久しぶりの任務に心躍らせながら、三人がかりで怪しい男とくんずほつれつ絡まっていたが、イルティザークの言葉を聞くと、さっと顔を青ざめた。
常春の国アイーシャンの知られざる恐怖、それは、領主夫人アッティアという。
震えで拘束の緩んだ隙を男は見逃さなかった。
「いや、ご子息!! それよりも私を解放してくれないか!? なかなか上手く決まっているらしく、絞めが・・・」
兵士に負けず劣らず顔色の悪い男は必死に哀願する。
「ああ、すまない、旅の方。ほら、お前たち離してあげなさい。ただし確保はしたままで」
「なっなぜ・・・!?」
「了解しましたー!!」
男の悲壮な声と兵士たちの元気の良い返事が重なる。
「げほっ・・・・・・この国では何もしていない無実の旅人を拘束するのか・・・?」
弱弱しく咳き込んだ男は、皮肉そうにイルティザークを見た。長身のわりに細身で、如何にもひ弱そうだ。これでは、まだ少年の幼さ残るイルティザークでも勝てるだろう。
「確かにあなたは何もしていないかもしれない。だが、一目見ただけで怪しいと判定される人物であることは確かだ」
「なにっ・・・!?」
「それに、まだ何もしていなくとも、これから何かしでかすかもしれない。そんな危険性のある人物を、簡単に開放するのは些か無用心というもの。さすがの僕も心配でそんなことはできない」
「な、なんだって・・・!?」
男は驚愕で口を開いた。
「こっこんな善良な私のどこが怪しいというんだっ!!」
「怪しいじゃないかっ!!」
「この不審者め! 自分の不審ささえわからないというのかっ!!」
「黒尽くめだし、長袖だし、こう、醸し出している空気がもう怪しいんだよっ!!」
咄嗟に言い返す兵士たち。
「まあまあ、落ち着けお前たち。しかし、確かにその通りだ。あなたは自分では気づかないかもしれないが、この国では笑っちゃうほど怪しい。見るからに不審な人物なんだ」
ガーン、と男がショックを受けている。
イルティザークは余裕のある態度で、その場が落ち着くように言う。
「第一にその身なり。そして一人でいたというのも怪しい。長袖も不思議だ。旅をしてきたにしては擦り切れていない・・・しかも、上等の生地だ。これ見よがしに近い装飾品の数々。まさにいいカモ」
得意そうな顔はまさに探偵気取りだ。
「それにその肌の白さはなんだ? 北方出身ならなんとか長袖の説明もつかないことはないが、病弱そうなのにあんな遠くから一人旅なんて無理そうだし、ここはやはり妥当に、陰湿に地下に篭り、自分の実験の成果(※危ない)を試そうと地上にのこのこ現れた変質者としか思えない・・・! 物騒な世の中だしね」
「なっ・・・!?」
言いたい放題言われ、とうとう変質者呼ばわりされた男は絶句した。全てが彼の想像の斜め上をいく悪さだ。自分にふりかかった不幸に絶望感極まる。
「・・・今、お前が言ったことは残念ながら全て外れだ。私の人格を弄ぶのはやめてくれ・・・。どうしたら開放してもらえる?」
疲れ切った男は暗い表情で諦めモードだが、まともなことを言う。・・・つまり、常識人らしい。
「とりあえず、身分証明」
「・・・ごたごたは避けたかったのだが・・・仕方がない。おい、お前、片手を離してくれないか? 身分を証明するものを出すから・・・」
「どうします?」
「いいよ、許可する」
「どうも・・・」
例え男が暴れたとしても、ひ弱そうなのでこちらの圧勝は確実だろう。
男はのろのろと、自由になった左手で懐を探ると、しばらくごそごそと手を動かしていた。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・まだか?」
「あ、ああ。どうも左手じゃ探し難い・・・。右手も開放してくれないか。もう抵抗はしない」
「オッケー」
「・・・」
男は両手でごそごそと懐を探り、袖の中や腰袋の中、上着の内側を漁る。
「・・・・・・見つかったか?」
「・・・・・・・・・いや、もうちょっと・・・・・・」
「何がもうちょっとだ! この時間稼ぎが!!」
短期で正義感の強い(強すぎる)兵士が、ゴンと男の頭を叩いた。
「あ痛っ!」
「おいおい、やめろ。待ってやれ」
「はぁ・・・でもイルティザーク様。こいつ、さっきから同じところばっかり探ってまして・・・」
「見つからないんじゃないのか? ン?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
男は痛む頭を押さえたまま、だらだらと汗を流していた。
「ない・・・・・・ない!? いやっそんな馬鹿なっ!! ないわけがない!! なんでないのだっ!?」
ぶつぶつ呟き出したと思えば、恥も外聞もなく取り乱し、盛大に頭を抱えた。
「ンン? なんだって?」
「身分を証明できるものが・・・・・・・・・」
「ンンン?」
「落としたーーーーーーー!!? でもどこでっ!? そんなっ! あれがないと私はっ!!」
「落ち着け。お前たち、落ち着かせろ」
「はっ」
がしぃっ! そのままお空の彼方に飛んでいってしまいそうだった男は、兵士たちから両脇を固められてなんとか地上に繋ぎ止められた。
「残念ながら不審者・・・それも、身分の証明できない者を簡単に返すわけにはいかない・・・わかるな? よし。ちょっとあっちの別室で話を聞こうか・・・?」
イルティザークは楽しさを堪えるように、意地悪顔で囁く。
「なんで・・・・・・こんな、ことに・・・・・・と言うか、私の、ペンダント・・・・・・・・・」
男の精神はもはや廃人寸前まで追い詰められていた。
あらぬ方向を見つめたまま薄ら笑いを浮かべる様子は、ちょっと言葉で言い表せられないぐらい、薄ら寒いものがあったという・・・。
* * *
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